生きる意味
終わったな…
今週は何度も何度も苦しいくらいに感じた。
もう入社して何年目なのか。
いまだに議事録すら書けない。
会話に付いていくのが精一杯で、同時に記録をとることが出来ない。
次から次へ展開する会話の要点を判断することが出来ない。
空気の流れや人々の表情、声のトーンに一瞬でも気をとられると、もう会話が分からなくなる。
昔からそう。
映画の字幕もワケわからなくなる。
朝生なんかを見ていても一瞬でワケわからなくなる。
脳の特性上、仕方ない。
先生もそう言っていた。
しかし、コミュニケーションが重視される総合職では、仕方ないにも限界がある。
会話が出来ないから一人で出張にも行けないし、とにかくやれることが限られてくる。
やれること…それもAIが進化すれば真っ先に消える仕事。
こんなにコミュニケーション能力が無いのに、何故こんなに背伸びしてしまったのか…罪の意識にひたすら苦しむ。
切っても切っても、
「お前が悪い」
そう言っている自分が現れ、周囲もそう言っているように感じられる。
身体の修正も効かず、びっこひきも治らない。
その他の原因不明の不調にも翻弄される日々。
仕事中、少し気になって左肩を上げようとするも、びっくりするくらい、まるで神経が麻痺しているのでは?と感じるくらい、肩が上がらない。
何故そうなるのか、さっぱりわからない。
同時に脚も上がらない。
こちらも神経麻痺のように、力が入っていない。
刻一刻と、希望が失われていく。
大好きなエレファントカシマシの曲の一部。
「ああさよならさ、我らが青き日々よ」
男は戦う術を失ったとき…
悲しき晩秋
関トレやって一週間たつが、一向にびっこひきが良くならない。
確かに足は上がりやすくなったものの、ドンドン一々うるさいし、相変わらず滅茶苦茶遅い。
もう訳が分からなくなり、競歩の足使いを真似することにした。特に2分50秒頃の動き。
右足がアウトの時は左はイン。
また、改めて大転子ウォーキングを読んだ。
足がつくときに遊脚側の足を支持脚に寄せると勝手に支持脚が外旋して遊脚が内旋する。
この繰返し。
だから左右の肩の高さがリズミカルに上下する。
今更だ…。
真似するも、足がついていかない。
早歩きになると訳がわからなくなってぐちゃぐちゃになる。
何となく、以前もこんな感じだったかもしれないが、もう体が覚えていない。
「きっと競歩の選手も最初は出来なかったはずで、練習して出来るようになったんだよ。だから、ひたすら繰り返せばきっとまた普通に歩けるようになるはず」
そう自分を励ますも、全く身体がついていかない。
しかも、上半身と下半身のチグハグが治らない。
何故か左後方に身体が持っていかれそうになるため、仕方なく右前に寄せると、膝が右前を向いてしまって崩壊だ…。
人生も崩壊してるがな。
関トレの効果
日曜の晩から始め、
月曜。出勤前に関トレを実施。
身体がかたい。特に、両踵をつけて座ると骨盤が思いっきり後傾してしまう。
これが実態だ。
とりあえず頑張って腸腰筋と多裂筋を五セット。
日中は歩き方を探る。
歩き方はとりあえず両内踝がすれるようなイメージで真っ直ぐ出すことを意識する。
モデルの動きはこんな感じなのだろうが、スピードが今一。
帰宅時、ふと左足を気持ち高めに上げるように歩いてみると、
「あがりやすい…。」
間違いなく足があがりやすくなっている。
盆休み後に足をあげることを意識したときは、まるで逆方向に引っ張られるかのように
左足が言うことを聞かなかったのに、まるで下から空気に押されるような感じで足の上がりと滞空時間も改善している。
そして、高く足を上げられたときは、両足がちゃんと前を向いている。
逆に、無意識だと足が上がらずに着地して、徐々に両足が右前を向いてしまう。
関トレ凄いんじゃないか?
帰宅後も腸腰筋と多裂筋。
火曜。
朝から関トレ。
昨日の朝より骨盤が起きやすい。
そして早くも多裂筋が筋肉痛。
日中は暫く両内踝を意識。
そして昨日のようにふと左足を高めにあげて歩くと、やはり上がりやすくなっている。
間違いなく関トレの効果が出ている。
以前も腸腰筋のトレーニングはやっていたが、あのときはやり方が間違っていたのだろうか。それとも多裂筋とのセットが重要なのだろうか。
日中、歩き方を色々探っているが、そもそも足が上がりさえすれば全て解決するんじゃないか?逆に足が上がらない内は、何やってもうまくいかないんじゃない?と言う気がしてきた。
現状、左足は高く上げるために反動が必要な状況であり、びっこひきと言う意味では思いっきり跛行を呈してしまっている。
伸張反射によって無意識に腸腰筋を使えないと正常な歩行やランニングは取り戻せないが、果たして関トレでどこまで改善するのだろうか?
帰宅後に右足と左足で足の上がりを比べると、まだまだ左右差が大きい。
果たして関トレでこの左右差が無くなるか?
伸張反射を使えるようになるのか?
関トレにかけるしかない。
関トレ開始
足裏の動きを意識しても遅い。
とにかく遅く、前を行く庶務の女性に追いつかない。
足裏の動き。
これは頭で意識出来ないものであり、一度忘れると二度と取り戻せないものなのかも知れない。
そもそも、歩くと膝の向きが正面を向かない。
木曜の夜。
外旋着地とかそんなものは無視して、とにかく爪先を真っ直ぐ正面に出すことだけを意識する。
内踝どうしを擦る意識。
これで何とかびっこひきは目立ちにくくはなる。また、着地後の外旋も出来る模様。
だが、これでも前のめりになりやすく、安定感に欠ける。
また、片手で荷物をもって歩くときの左右差。これも歩き方が狂ったとき頃から感じていたことだが、治る気配はない。
何故こうなったのかは最早分からない。
分かることは、体幹のバランスも思いっきり崩れていること。それは紛れもない事実。
特に、腸腰筋が弱いのはほぼ間違いない。
それから多裂筋も怪しい。
仕事後に左半身が倒れるのと何か関連性を感じる。
それから、上半身が右に回旋してしまうのとも関連していそうだ。
色々調べていたとき、関トレと言うものを見つけた。
https://www.asahi.com/relife/event/record/11242719
著者の笹川先生の書いている記事を幾つか読んでみると、どれも説得力がある。
その後、今日唯一の外出となるスーパーへ向かう。
足の上がりが間違いなく力強い。
リハビリや整体で習ったどんな筋トレよりも効果を感じる。
一体腸腰筋と多裂筋のどっちが効いているのだろう…。
一時的かも知れないし、根本原因ではないかもしれないが、少なくとも、継続して損はない。仮にまともに動けるようになったとしても、このトレーニングは死ぬまでやる価値はある。それだけは間違いない。
身体が変化するかどうなるか、継続してみることとする。
■
人間の身体じゃない。
思った方向に身体が進まない。
斜めに蹴ってやっと前に進む有り様。
上半身が右に曲がってしまう。
これが根本原因だ。
朝はまともでも、仕事をしていると悪化する。
しかし左に強く修正してみても、思いっきり捻ってみても、ストレッチしてみても、一度悪化すると、全く修正が効かなくなる。
何故こうなるのかサッパリ分からない。
歩き方修正しても、全く太刀打ちできない。
歩き方どうこうのレベルじゃない。
完全に下半身と上半身が捻れて固定されている。
もういい。
もう考えるのも疲れた。
数年間、何をするときにも姿勢や歩き方を考え続けてきた。いや、考えねば生活出来なかった。
考えねば、未来を描けなかった。
しかし、全ては徒労。
未来など無かった。
単調な生活すら俺には許されていなかった。
あのとき、あいつらに出会った瞬間、俺の未来は消えたのだ。
地獄を生きるしか無くなったのだ。
まるで子供の頃に行った斜めの部屋。
一生斜めの部屋で生活するしかなくなった。
俺は何のために生きてるんだ。
何のために生まれてきたんだ。
何故毎日毎日こんな仕打ちに耐えながら生きねばならないんだ。
生きている自分が腹立たしい。
それが運命?
ふざけるな。
早く死にたい。
とにかく死にたい。
死にたいと言っている人は死なない?
あっそう、そんなことどうでもいいから早く死にたい。
わからない。
久々に土日とも外出してリハビリ。
どの意識が安定するのかを改めて確かめる。
基本は右踵を時計回りに回転させる方向に股関節を伸展させる意識。
これで確かに左足は出やすくなったものの、極めて遅いし、力みもある。
そもそも、前に進むのに踵を真後ろではなくて斜め後ろに引くのが違和感だらけ。
脳ミソと股関節の動きが一致しなくなってしまったのだろうか。
色々試すと、結局最終的に、踵の角を着けておしまい。の意識が最も安定した。
踵の角が着いたら、それ移行後ろへは持っていかず、そのままその場でとどまっている意識だ。
結局金曜の夜の動きと同じ。
しかし、疑問が幾つもある。
こうすることで遊脚側に内旋トルクが生じて足が出やすくなるのは頭では理解できる。
しかし、それは頭で理解しているだけ。
そもそも小学生も成人もお年寄りも皆この歩き方をしているが、まさか皆上記の理論を理解してやっているわけではないだろう。
皆無意識にこの動きをしている。
では、何故無意識にこの動きになるのか?
何故自分は意識しないとこの動きにならないのか?
身体を進めることだけを考えると、踵の角を着けなくても、真ん中を着ける意識でも進めるし、一寸前の自分の悪い歩き方でも進める。
まさか、踵の角を着けるのが効率的だと意識しているわけではないだろう。
歩き方を教わったわけでもないだろう。
なのに皆同じ動き方。
寧ろ意識しないとそれ以外の動きは出来ないと言うところだろう。
そもそも、以前の自分がそんなことは全く意識していなかったはず。
普通に真っ直ぐ足を動かしていた記憶しかない。
と言うことは、自分の体では、この動きを意識しないと出来ない理由があるのだろうが、サッパリ見当がつかない。
意識が狂ってしまったためなのか何なのか?
だが、これでもまだ左の足首は痛い。歩くだけで足首が痛くなる。到底走るのは無理。
誰に聞いても分からない領域が狂ってしまったのか。頭では無理か。
じゃあ、もう諦めて死ぬか。それしか残ってねーか…。
試行錯誤
朝、頭を切り替える。
水曜、木曜は肩甲骨を意識している内に、全く以前と同じ歩き方に戻ってしまった。
もう一度、足の動きを意識する。
右足の踵の角が着いたあと、上から見て反時計回りに足が回れば内旋。
連休中はこれを時計回りに修正した。
もう一度、これを試す。
踵が着いたあと、踵が身体の外に行かずに内へ向かうように意識する。
歩きにくさはあるものの、慢性化している身体の変な傾きはかなり抑制される。酷いときは「そっちへ行きたいのに思う方向に身体が進まない。危ない。」と足が止まることが頻発していたが、それが落ち着く。
違和感あるが、もうこれしかない。暫くやっていれば筋肉の質が変わってくるかもしれない。
これで過ごしている内に、足の回転方向は意識から消え、踵の角が身体の正面に左右交互に着く意識に変わる。
右足が着くときは右斜め上から降ってくるような感じだ。
帰宅時も、試行錯誤が続く。
暫く歩いていると、両足の踵の角が身体の正面で交互にパンチするような動きになる。
上半身については、力を抜いて、右足の踵が地面にぶつかったあとに、ついでにそのままの勢いで左に回転しているような感じ。
これが正しいのであれば、右足の踵が着く反動で左足が内旋し内を向きながら追い越し、追い越したあとに、上半身の回転に着いていく感じで今度は外旋しながら外へ向かい、外から身体の正面に戻ってきて踵が着く。これを交互に繰り返す。
そして、この歩き方のときは、着いた方の足の動きがわからない。内回りなのか外回りなのか、意識出来ない。踵の角が着いたままとどまっているようにも感じる。
少なくとも腰が引けるのはおさまっているようなので、これで暫く行くしかない。
問題は、上半身が左回旋しにくいこと。
悪い動きのせいでこうなったのか、上半身がこうなっているせいで歩き方がおかしいのか。